
はじめに
「先生のおかげで早く進められた。本当に助かりました」
申立てが終わりに近づいたある日、依頼者の方からそんな言葉をいただきました。
そのとき、私は「本当によかった」と胸をなで下ろしました。なぜなら、この事件は、私が担当になった最初の電話で、1時間近くにわたる怒りと失望の言葉を受けるところから始まったものだったからです。
相談前の状況
依頼者の方は、長年個人事業を営んでおられました。ご自身の技術と誠実な仕事ぶりで積み上げてきた事業でしたが、売上の落ち込みとともに資金繰りが厳しくなり、複数の金融機関から多額の借入れを抱えることになりました。
「返せるかもしれない」という思いで踏ん張り続けた末に、やはり自力での返済は難しいという現実と向き合うことになり、自己破産の手続きを選ばれました。
ところが手続きの進捗が十分に共有されない状態が続き、「自分の事件なのに、何が起きているか全くわからない」という状況に長く置かれてしまっていました。私が担当を引き継いだのは、まさにその不満が頂点に達していた頃でした。
怒りと失望の1時間
引継ぎのご挨拶の電話をかけた直後、依頼者の方から1時間近く、怒りと失望の入り混じったお言葉をいただきました。
弁護士への不信感、手続きが滞ったことへの憤り、失った時間への後悔。そういった言葉が、堰(せき)を切ったように溢れ出てきました。
正直なところ、「なんで私がこんなことを言われないといけないんだろうか」と、胸が締めつけられる思いでした。
しかし、それほどまでに不安と焦りの中にいらっしゃるのだと感じ、私はまず依頼者の方の思いをすべて受け止めることにしました。途中で言葉を挟まず、相手の話を最後まで聞く。そのうえで、「ここからは私が責任を持って進めます」「迅速に手続を進めていきます」とだけ伝え、電話を終えました。
怒りを鎮める言葉よりも、信頼を取り戻すための行動を最優先にする。このとき、そう心に決めました。
「言葉より行動」
電話を終えたあと、私が最初にしたことは、記録を全部読み返すことでした。
- これまでにどんな書類が集まっているか
- 何が不足していて、何が必要か
- 申立てにあたっての課題は何か
一から整理し直し、債権者一覧表の作成から提出書類の確認まで、申立準備を迅速に進めていきました。
そして、もう一つ心がけたこと。それは「連絡を絶やさない」ということです。
今週はここまで進んだこと、次はこの書類が必要なこと、来月中には申立てできる見通しであること。小さな報告を積み重ねていきました。
信頼は、何か大きな言葉一つで取り戻せるものではありません。「この人は動いてくれている」という実感が、少しずつ積み上がっていくものだと思っています。
変化のきざし
最初の数回のやり取りでは、依頼者の方のお声はまだ硬く、短いものでした。
しかし、進捗の報告を続けるうちに、少しずつ対話の雰囲気が変わってきました。
書類の内容についてご質問いただくことが増え、「次の連絡はいつ頃になりますか」と先を見据えたやり取りができるようになりました。
「一緒に進んでいる」という感覚が、少しずつ共有されていくのを感じました。
申立ての日、そして感謝の言葉
裁判所への申立てが終わった日、依頼者の方は穏やかな表情で、早く進めてもらえて助かった、と言ってくださいました。
裁判所での手続きを終えた帰り道、依頼者の方から「少しお茶でもどうですか」とお誘いいただきました。近くの喫茶店に入り、コーヒーを飲みながら、事業のこと、ご家族のこと、趣味の話など、まるで旧知の知人のように穏やかな時間を過ごしました。
事件が無事に終了したあと、最初は腹が立って仕方がなかったが先生の対応を見て信頼できると思った、また何かあれば必ず相談する。そんな言葉をいただいたとき、心の中に静かな達成感と感謝の思いが広がりました。
弁護士になってよかった、と心から思いました。
この事件を振り返って
この事件を通じて、あらためて「債務整理は人の再生の支援である」という原点を思い出しました。
依頼者の方には眠れない夜があり、誰にも話せない孤独があります。怒りや不信をぶつけてこられるとき、その根底には「誰かに理解してほしい」という切実な願いがあるのだと思います。
私が大切にしていることは、「聞く」「動く」「伝える」という、シンプルなことです。感情を遮らず聞くこと。先手を打って動くこと。何が起きているかを丁寧に伝えること。
特別なことではないかもしれません。でも、そのひとつひとつの積み重ねが、「信頼」というものをつくっていくと思っています。
どんなに厳しい状況でも、依頼者の方の再出発を信じ、一緒に歩んでいきたい。この事件は、そのことを改めて教えてくれました。
あゐ法律事務所 弁護士 竹内欣士
大阪弁護士会所属
【免責事項】本記事は、実際に取り扱った事案をもとに、依頼者のプライバシーに配慮して事実関係の一部を抽象化・再構成したものです。本文中の発言・やり取りの描写は、当時の経緯をもとに再構成したものであり、当時の言葉そのものを引用したものではありません。個別の事情により手続の進み方や結果が異なります。掲載内容は執筆時点の法令・実務を前提としており、法改正や運用変更により取扱いが異なる場合があります。具体的な事情については個別に弁護士へご相談ください。