
はじめに
「前の弁護士には、もう一度個人再生をすることはできないと言われました」
そう話される依頼者の表情には、諦めとわずかな望みが入り混じっていました。
個人再生の手続きを経験し、長い年月をかけて弁済をやり遂げた。住宅ローンだけは残っているが、それも滞りなく払い続けている。それでも、新たな借入れに頼らざるを得ない状況に追い込まれ、再び厳しい状況に立たされ、「もう一度、個人再生手続ができないか」と以前依頼した弁護士に相談したところ断られた。そうして、たどり着いたのが私の事務所でした。
話を聞きながら、「この事件は簡単にはいかない」と直感しました。しかし、それと同時に、「法律上、道が閉ざされているわけではないかもしれない」とも感じました。そこで、まず事情を丁寧に聞くことにしました。
相談前の状況
依頼者は数年前、複数の借入れについて返済が困難となり、マイホームの維持を希望されていたことから「住宅資金特別条項」を利用した個人再生の手続きを経験されていました。手続きは別の弁護士が担当し、再生計画が認可されたのち、計画に従った弁済を完了されていました。
依頼者ご本人もご家族とともにその住宅に居住されており、住宅ローンの返済は引き続き継続されていました。
その後、諸事情から新たな借入れに頼らざるを得ない状況になり、返済が苦しく再び経済的に厳しい状況となって、再度の法的手続きが必要になったというのが今回のご相談でした。
「本来であれば自己破産を勧めるべき」状況
事情を伺う限り、依頼者の状況は、本来であれば自己破産を選択すべきと判断されるケースでした。
収入が安定しておらず、個人再生の弁済を自力でまかなえるかどうか、不安が残る状況だったからです。個人再生は、将来的に安定した収入が見込まれる方に向いた手続きです。返済が完了できなければ、最終的には自己破産に移行せざるを得なくなります。
しかし、依頼者の方には強いご希望がありました。
「家族に家を残したい」
ご家族がその住宅を生活の基盤としており、この先のことを考えると、どうしても手放せないとのことでした。ご家族には一定の収入・経済力があり、その協力を得ることができれば返済を継続できる見通しがありました。
法律家として、再度の個人再生が認められるかどうかについて、リスクをきちんとお伝えする必要があります。しかし同時に、依頼者の強い意思と、実現可能性のある状況を前にして、「やれる限りのことをやってみよう」と思いました。
「再度の個人再生」が引き起こす法的な難問
この事件には、通常の個人再生にはない、複雑な法律問題が潜んでいました。
民事再生法190条:前回の債権が「原状に復する」
まず整理しなければならなかったのが、民事再生法190条の問題です。
前回の個人再生で「住宅資金特別条項」を使っている場合、住宅ローンの返済が続く限り、前回の再生計画はまだ「終わっていない」と解されます。住宅ローンの返済も再生計画の一部に組み込まれているからです。そのため、住宅ローンが残っている状態で新たな再生手続が始まった場合には、民事再生法190条が適用されます。
専門的な内容になりますが、この条文は、段階を追って理解する必要があります。
第1項(原状回復): 新たな再生手続が開始された場合、前回の再生計画によって変更された再生債権は「原状に復する」、すなわち減額されて圧縮される前の元の金額に戻ります。ただし、債権者がすでに受け取った弁済分には影響しません。
第6項(新手続への参加): 新たな再生手続においては、前回の再生計画で弁済を受けた債権者であっても、弁済を受ける前の債権の全額をもって手続に参加することができます。
第7項(弁済の制限): ただし、第6項によって参加した旧債権者は、「他の再生債権者が、自分(旧債権者)がすでに受け取った弁済と同一の割合の弁済を受けるまでは、弁済を受けることができない」とされています。2回目の手続に新たな債権者がいる場合、この制限が直接的な意味を持ちます。新たな債権者が「旧債権者がすでに受け取った割合」に達するまでは、旧債権者は新たな弁済を受けられない、ということです。
第8項(議決権の制限): 旧債権者は、すでに弁済を受けた部分については議決権を行使することができません。
平たく言えば、旧債権者は2回目の手続に元の金額で「再登場」するが、新たな債権者がまず一定水準まで弁済を受けるまで、旧債権者は順番待ちになる。これがこの条文の構造です。
住宅資金特別条項は2回目も使えるのか
もう一つの難問が、「住宅資金特別条項を再度使えるかどうか」という問題でした。
一部のサイトや書籍には「住宅資金特別条項は人生で一度しか使えない」と書かれているものがあります。しかし、民事再生法196条(定義規定)・198条(適用要件)を確認しても、「過去に使用していないこと」「一度限り」という要件は存在しません。法律上、明文で2回目の利用を禁じる規定がないのです。
では、なぜ「2回目は使えない」と言われるのか。その理由は三つあります。
一つ目は、民事再生法190条の壁です。前回の手続きが完了していない場合、前回の債権が原状回復するため、弁済計画の設計が極めて複雑になります。これは「条文が禁止している」のではなく、「乗り越えるべき実務上のハードルが高い」ということです。
二つ目は、前例の少なさです。実際に2回目の適用が認められた事案が極めてまれであるため、「事実上難しい」が「法的に不可」と誤って一般化されてきた可能性があります。
三つ目は、債権計算の複雑さです。この事件でも経験したように、新旧の債権者が混在し、遅延損害金も加算された債権額の計算は煩雑を極めます。
つまり「2回目が難しい」のは、法律が禁じているからではなく、民事再生法190条問題・計算の複雑さ・前例の少なさというハードルを同時に乗り越えなければならないからです。前の弁護士が断ったのも、無理からぬことでした。
新旧の債権者が入り交じる手続き
実際に手続きを進めると、今回の再生手続には2種類の債権者が登場することになりました。
一つは、2回目の手続きに至る過程で生じた新たな債権者。もう一つは、前回の個人再生手続きにおける旧債権者です。
旧債権者にとっては「払い終わった話」のはずが、再び「債権者として参加してください」という通知が届く。複雑な心境だったことと思いますが、いずれの債権者も手続きに必要な債権届出をしてくれました。
ここで民事再生法190条7項が現実的な問題として浮上します。旧債権者は新たな債権者が「旧債権者がすでに受け取った弁済と同一の割合の弁済」を受けるまでは、弁済を受けられません。つまり再生計画の弁済順序として、新たな債権者を優先して一定水準まで弁済し、その後に旧債権者が弁済を受けるという構造を組む必要がありました。
さらに計算を複雑にしたのが、遅延損害金の問題です。民事再生法190条1項のもとで前回減額・圧縮された債権が元の金額に「原状回復」される際、前回の再生計画認可からこの手続きまでの期間に積み上がった遅延損害金も加算されます。時間が経過していたぶん、各旧債権者の遅延損害金の額がそれぞれ異なり、旧債権者どうしの間での債権割合が前回とは変わっていました。
新旧の債権者の弁済優先順序に加え、旧債権者間の割合変化を再生計画にどう正確に反映させるか。そこが実務上の最大の難所でした。
裁判所・再生委員との協議
この問題を解決するにあたって、裁判所や再生委員との協議を繰り返しました。
再生委員からは、民事再生法190条の条文を踏まえたうえで、今回の手続きで申請すべき各債権の記載について、具体的な指示をいただきました。旧債権者の債権をどう記載するか、同条7項による弁済の優先順序をどう計画に落とし込むか、遅延損害金をどう計算して反映するか。それぞれについて細かい指示がありましたが、条文の解釈と実務上の処理が複雑に絡み合った内容で、打合せの場では大枠を把握するのが精一杯でした。後から改めて再生委員に確認し、ようやく理解できたことを覚えています。それほど難解な問題でした。
解説書を調べても、こうしたケースを正面から扱った記述はほとんど見当たりません。前例の少ない問題に、裁判所・再生委員・担当弁護士の三者が、条文に立ち返りながら一つひとつ答えを探していく作業でした。
住宅資金特別条項の再適用についても、「法律上は一概に不可とは言えない」という立場から、今回の事情(依頼者本人の居住継続、住宅ローンの返済継続、配偶者との協力関係など)を丁寧に説明し、認めてもらえるよう議論を重ねました。
住宅資金特別条項の再適用という結論
長い協議の末、2回目の個人再生においても、住宅資金特別条項を再び適用するという方向で手続きを進めることができました。
住宅ローンについては引き続き通常どおりの返済を継続し、その他の債務について再生計画に基づく弁済を行う形です。再生計画は認可され、依頼者は希望どおり、住宅ローンの支払いを続けながら再出発の道を歩むことができました。
「前の弁護士に断られた」ところから始まった手続きが、最終的に依頼者のご希望に沿う形で終われたことは、私にとっても印象深い経験でした。
この事件を振り返って
この事件を振り返って思うのは、「法律はすぐには答えを教えてくれない」ということです。
民事再生法190条という条文があっても、それをこの事案にどう当てはめるかは、条文を読むだけではわかりません。住宅資金特別条項の再適用が可能かどうかも、法律に明確な答えは書いていない。それでも、関係者全員が条文の趣旨に立ち返り、誠実に議論を重ねることで、道が開けることがある。
前の弁護士が断ったことは、無理からぬことだったと思います。解説書にも前例にも乏しい問題を、正面から引き受ける判断は容易ではありません。それでも私が手続きに踏み込む決断ができたのは、依頼者の「家族に家を残したい」という一言があったからです。
「一度手続きを経験したが、また苦しくなってしまった」というあなたも、まずはご相談ください。状況によっては、もう一度、法的な方法で再出発できる可能性があります。
あゐ法律事務所 弁護士 竹内欣士
大阪弁護士会所属
【免責事項】本記事は、実際に取り扱った事案をもとに、依頼者のプライバシーに配慮して事実関係の一部を抽象化・再構成したものです。本文中の発言・やり取りの描写は、当時の経緯をもとに再構成したものであり、当時の言葉そのものを引用したものではありません。個別の事情により手続の進み方や結果が異なります。掲載内容は執筆時点の法令・実務を前提としており、法改正や運用変更により取扱いが異なる場合があります。具体的な事情については個別に弁護士へご相談ください。