
はじめに
亡くなった方の名前で突然届く督促状は、受け取った家族にとって青天の霹靂と言っていいでしょう。
「そんな借金があったのか」「自分たちが返済しなければならないのか」
突然のできごとに、どこへ相談すればよいか分からないまま、不安な日々を過ごされるかたは少なくないと思います。
この事件も、そのような一通の督促状から始まりました。しかし最終的に、それは亡き父が家族に遺してくれた、思いがけない財産を発見するきっかけとなりました。
相談前の状況
Xさんのお父様が亡くなったのは、相談の約半年前のことでした。
お父様はもともと個人事業を営んでいた方で、お金の扱いには慣れていましたが、家族に仕事やお金の話を一切しない人でした。「家族に迷惑をかけたくない」という思いが人一倍強く、自分のことを語ることがほとんどなかったそうです。
お亡くなりになった後、目立った財産は残っていませんでした。相続手続きが必要なものも見当たらなかったため、Xさんは何もしないまま過ごしていました。
そこへ、ある日突然、消費者金融からお父様宛ての督促状が届いたのです。
「相続放棄、できるでしょうか」
驚いたXさんはインターネットで調べ、「相続放棄」という手続きがあることを知りました。しかし、「相続放棄の申述ができるのは3か月以内」と説明しているサイトをいくつも目にし、亡くなってから半年以上が経っていることから、もう手遅れではないかと不安を抱えて私のところへ相談に来られました。
「父が亡くなってから半年以上が経ちます。もう相続放棄はできないのでしょうか。借金があるなら、引き継ぎたくないのですが…」
相続放棄の熟慮期間については、「自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内」と定められています(民法915条1項)。しかし最高裁判所の判例(最判昭和59年4月27日)は、被相続人に相続財産が全くないと信じており、かつそのように信じたことに相当な理由がある場合には、相続人が相続財産(負債を含む)の存在を通常認識し得た時点から起算して3か月以内に申述すれば足りる余地があることを示しています。
Xさんの場合、お父様に目立った財産がなく、負債の存在も全く知らなかったため、督促状が届いて初めてその存在を知ったと言えます。相続放棄の可能性がまだ残されているかもしれないことをお伝えすると、Xさんはほっとした様子で、少し表情が和らぎました。
先に債権調査をしましょう
ただ、私にはもう一つ、気になることがありました。
督促状に記載されていたのは「約定残高」、つまり、貸金業者が設定した金利のまま計算した残債の金額でした。
消費者金融が高金利での貸付を行っていた時期(おおよそ2010年(平成22年)以前)に長期間の取引があった場合、利息制限法に基づいて金利を引き直して再計算すると、残債の金額が大きく変わることがあります。場合によっては、借金がゼロになるどころか、業者側が返還すべき「過払い金」が発生しているケースもあります(過払い金のしくみについては「過払い金とは?返還請求できる条件と計算のしくみ」をご参照ください)。
相続放棄の申述を急ぐ前に、まず何が残っているかを正確に把握する必要があります。
「先に取引履歴を取り寄せて、実際の債務の内容を確認しましょう」
そう提案すると、Xさんは快く同意してくださいました。こうして、債権調査を先行する形で、私が受任することになりました。
なお、この時点で相続放棄の可能性を残しておくため、Xさんに「単純承認」(民法921条)に該当する行為がなかったかを確認しました。単純承認とは、相続人が相続財産を処分するなど、相続を承認したとみなされる行為のことをいいます。お父様に財産がほとんど残っておらず、Xさんが預金の引き出しや財産の処分などをしていないことを確認し、この事案では単純承認には当たらないと判断しました。
取引履歴を取り寄せて分かったこと
各社に取引履歴の開示を求め、届いた資料をもとに利息制限法に基づく引き直し計算を行いました。
結果は、Xさんの予想をはるかに超えるものでした。
業者が督促してきた「約定残高」は、数字のうえでは確かに残っているように見えました。しかし、かつての高金利時代の取引を法定利率で計算し直すと、お父様はとうに「返済すべき借金」を上回る額を支払い終わっており、むしろ業者側が返還すべきお金、過払い金が発生していたのです。
複数社の調査を経て、借金はゼロ。それどころか、相当な金額の過払い金が発生していることが明らかになりました。いずれの過払い金も時効にはかかっておらず、交渉の結果、過払い金を取り戻すことができました。(過払い金の時効については「過払い金の時効はいつ?請求できる期限と消滅時効の注意点」もあわせてご参照ください)。
「借金ではなく、財産を遺してくれていたんですね」
調査結果をお伝えしたとき、Xさんはしばらく言葉が出ませんでした。
借金を引き継いでしまうかもしれないと覚悟していたのに、逆にお金が戻ってくると聞かされた驚きと、その金額の大きさへの戸惑いが入り混じっているようでした。
少し間をおいて、Xさんはこうおっしゃいました。
「父は、家族にお金のことを一切話さない人でした。借金のことも黙っていたのでしょう。でも、こういう形で…財産を遺してくれていたんですね」
過払金返還請求権は金銭債権として相続財産に含まれ、相続開始によって法定相続分に応じて相続人に引き継がれます(民法896条)。お父様が亡くなった後も、適切に請求手続きを進めることで、Xさんはその権利を行使することができました。
この事件を振り返って
最初にご相談を受けた段階では、過払い金が発生しているかどうかは全くわかりませんでした。
督促状を手に、不安な表情でお越しになったXさんを前に、私はまず「できる限り負担をなくす方向で一緒に考えよう」と思いました。相続放棄の可能性をお伝えしながら、同時に「この取引の内容によっては、過払い金が生じているかもしれない」という考えが頭をよぎりました。
熟慮期間はすでに過ぎていましたが、急いで相続放棄の申述をするのではなく、まず実態を正確に把握することが依頼者の利益につながると判断し、債権調査を先行しました。結果的に、それがXさんにとって大きな意味を持つことになりました。
消費者金融等を長期間ご利用されていた方が亡くなった場合、ご遺族が突然の督促状を受け取るケースがあります。そのような場面では、「借金がある=返済しなければならない」という思い込みを持たずに、まず専門家に相談することをお勧めします。取引の実態を調べることが、最初の一歩です。
「家族に迷惑をかけたくない」、それがXさんのお父様の生き方でした。その言葉の重みとともに、お父様が思いがけない形で家族を助けてくれたこの事件を、今でも大切に覚えています。
あゐ法律事務所 弁護士 竹内欣士
大阪弁護士会所属
【免責事項】本記事は、実際に取り扱った事案をもとに、依頼者のプライバシーに配慮して事実関係の一部を抽象化・再構成したものです。本文中の発言・やり取りの描写は、当時の経緯をもとに再構成したものであり、当時の言葉そのものを引用したものではありません。個別の事情により手続の進み方や結果が異なります。掲載内容は執筆時点の法令・実務を前提としており、法改正や運用変更により取扱いが異なる場合があります。具体的な事情については個別に弁護士へご相談ください。